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世のうちそと

 エトワールの真実

エトワールの真実

 印象派の画家、エドガ―・ドガ(1834−1917)の回顧展が横浜美術館で今月末まで開かれている。踊り子や裸婦を描いたパステル画、油彩画の代表作から晩年の彫刻まで100点が展覧できる。傑作「エトワール」(パステル・モノタイプ・紙。1876〜1877年。オルセー美術館蔵)が初来日したことで話題だ。
目の不自由な晩年十年のドガの目となり手となって、日常の世話したのが姪のフェブルである。彼女は「叔父ドガ、その生涯と芸術」(東出版刊)という伝記を著している。ドガは写真術に興味を持ち、研究した。「写真は、機械的な眼でしかない。その最大の欠点は、対象を見分けることも出来ないし、まして理解することも出来ない」とある。
画家は残酷な真実を求める。そこには本人のみが知る衝動があるのだろう。モデルの内側さえ見ようとする。一非情で冷淡な画家の眼がある。鑑賞者は「あの絵、素敵だったわ」と感動もするが、わからない部分も残る。それこそが絵画の真実なのだ。
「エトワール」はドガのエッセンスを集約した傑作であり、完成度も高い。バレエのような身体運動は、流れる動作の中でも最も美しく決まるまでの一瞬がある。ドガはそこを見逃さなかった。
実に大胆過ぎる構図だ。踊り子の周囲だけにスポットライトが当たり、舞台左後方の人物や袖幕はほとんどわからない。色味やわらかなのは踊り子とその衣装だけである。踊り子の背後に黒服の男が描かれている。支援者、パトロンとの解説もあるが、なぜ客席にいないのか。世の裏側を出すことで華やかな舞台との明暗を暗示させたのか。とすれば、踊り子の人生まで透けて見ることになる。絵には機知に富んだアイデアに溢れている。同時に、全体が有機的に結びつけられ、緊密な構築を示している。物語性さえ読み取れる。
絵の後ろ、というか、陰になった見えないところで、別の違うモチーフによる時間が流れている。踊り子には喜びがそのまま悲しみであるような混ざり合った表情に見えた。果たして本当に構図は緻密なのか。踊り子だけの部分をトリミングしても十分傑作ではなかったか。何が真実なのか、解読できない部分は残る。画家の生き方は独自すぎたのか衣鉢を継ぐ画家は現われなかった。彼の生き方は後世に影響を与えたとは言えない。印象派の中でも孤高の存在だった理由もわかるような気がする。

( 2010/12/15 )

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