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世のうちそと

 勤め人の巡礼

勤め人の巡礼

勤め人が会社を辞めた時、次に何をやりたいと考えるものだろうか。転勤の多かった人なら、かつて移り住んだ土地土地を訪ねてみたいと思うものであろう。滞在した年代や期間、場所によって、想いにも濃淡はつきものだとは思う。が、要は人は現役を離れると、多忙にまぎれ忘れ去っていた過去を懐かしむ習性があるようである。それで巡礼に出かけることになる。

旅に出ることは状況を劇的にするための小道具である。みな余裕と時間があればそうしたいに違いない。人間の脳は単なる計算機以上の何かがある。人間の意識は計算不可能だ。経験したことを無意識に覚えている部分は多い。

日常というのは、同一の主題に繰り返し回帰することこそが宿命となる。それはエンドレスの問いかけの形でしか存在しない。
 だから旅に出ると頭も体もリフレッシュされる。かつて見慣れた風景ならまた違った感じでうけとめることになるだろう。まして、その土地で、むかしの知り合いにばったり会ったでもしたなら、近況報告をして別れるだけでもなんだか満ち足りた気持ちになるに違いない。人は自分のことを思い出している人がいることで人生の励ましになるものだからである。

この世に生れてきて生涯まったく一人きりというのはほとんどないが、引きこもり人間がふえているいま、親も子もなく友人もいないまま死を迎える人もいるにちがいない。ずいぶんとさびしい生き方だ。


 仕事を辞め、年金暮らしになった人たちはみな「清々した。自分の時間がたっぷりある。好きなことをして暮らそう」とほっとした表情が浮かぶ。でもそれが長い期間にわたっていくと、顔の表情はゆるみ、生気なく、ほどなく半病人のような雰囲気がただよい、まもなくベッドに横たわる時間の方が多くなる。

生きものは、やはり、何か仕事をして、食べて、遊んで、しっかり休む。そのようにプログラムされていると考えたほうがいい。「生涯現役」を標榜することが肝心であるということだ。

( 2010/06/15 )

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