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世のうちそと

 ダリウスの新作展

「行雲流水展」を見て
新たなダリウス芸術の成果

東京・銀座の永井画廊で「行雲流水展」が開かれた(12月2日〜18日)。ダリウスの新作「行雲流水」は油絵30号Fの作品で、油絵、パステル30余点に、雲、花といった小題がついている。いずれも今夏描かれたものである。

幸いなことにダリウス氏本人も会場におられた。奥様のエック・コキール美穂(小川)さんに引き合わせていただいた。奥様の説明によると、パリ生まれのパリ育ちの画家は毎年夏には地中海コルシカ島で過ごし、絵筆をとっているという。この夏に制作されたものが早くも東京の個展で見ることができたことになる。

テーマの「行雲流水」がどうも日本的なにおいがするなあと興味を抱いたのだが、果たして奥様の発案だと知って合点した。

今回の作品は、画廊主でもある永井龍之介さんによると、近年両親、友人を相次いで亡くし、「より内面を凝視して静謐で清らかな浄化されたような世界へ昇華した」と言葉を寄せている。その点では新たなダリウス芸術への展開が見られたわけである。

 実に器用な画家であることは作品歴をちらりと見るだけでわかる。静物、裸婦、動物、風景となんでもこなす。彼の母親は世界的なタピスリー作家であり、ピカソ、シャガール、エルンスト、カンデンスキー、クレーといった巨匠たちと軒並み親交が深かったという。その芸術家の血を受け継いだ家系なのだ。

親しんだ画家たちの影響があってもおかしくはない。個人的にはバルタザール・ローラ・バルテュスの絵を見ている錯覚に陥った瞬間もある。こちらも日本人女性と結婚した。そのことが二重写しになったせいかも知れない。でも、バルテュスは作風もモチーフも生涯変わることはなかった。対してダリウスはその時々において変幻自在融通無碍である。棟方志功のタッチと似ているという人もいるが、本人は棟方本人に会ったこともなければ、作品を見てもいない。

「行雲流水」はダリウスの現在の心境の上に描かれことは間違いない。そこで改めて表題作品を見直してみた。よく見るとブルーの下地に女性が描かれている。5人はいる。足先の指までが女性のそれとわかる。顔は悪く言えば、へのへのもへの字のような単純な線であらわされているのもわかる。一瞥抽象画のように見える。みな若い女性のようだ。

アヒルやビルの一部も描きこまれている。線を辿るように目で追って行く。自在に伸び、切れて、そしてつながる線。それをたどっていくと何か癒されるのである。

バックの透明感のあるブルーとの兼ね合いもとてもいい。じっと見ていると、自分だけの物語も紡いでくれそうだ。単純といってもいい色と線だけで見るものの心に訴えかけるもの、それは人生の儚さのようなものであろうか。

会場には色々な色を混ぜ合わせ、太い線や細い線を自在に動かして華やいだ画調の作品も飾られていた。だからそうした絵も描けることはわかっている。只この青と黒の世界は出来るだけ抑えに抑えて自分にとってこれだけは必要だというものを掬い取っている。まるで日本の墨絵の世界を想わせるものがある。

一見して、誰にでも描けて小学生が描いたともとられそうである。線は自由自在に延びている。流れにまかせて浮いたと思う間もなく急降下して落下地点から斜面を這い上がるような展開を見せつけたりするのだ。

私は鴨長明の「方丈記」のあの有名な序文を思い出した。そんな無情ともいえる世界を彷彿とさせる。人生への深い洞察が秘められている。描いたのは日本人ではない。そのことは知っている。むしろ地中海の明るい太陽が降り注ぐ国に滞在しているのだ。それが一年の三分の一雨が降る国の日本人にも訴えかけるものがあるというのはどうした理由か。

これも道理の話で、強い日差しの裡には濃い陰もできる。光と影、明と暗、生と死といった対極のものを意識する場所にいることになる。じりじりと焼けつく太陽の下でエネルギッシュな青春を謳歌発散する季節もあれば、やがて日が陰って、店の中から明るい表通りを眺めながら来し方をなつかしく思う時間もくる。

集められた作品群は、そうした人生の酸いも甘いもあじわった後の枯淡な境地を現したような気配のなかにいる。

長い時間、この絵を見ていてもあきるということがない。おそらく、人生というものを深くあじわったあとでしみじみと感傷に浸るためには長い時間を経なければ持ち得ないものがある。愛する者と別れ、失い、自分は取り残され、孤独のなかにいる。在りし日の色々な出来事がよぎって行く。

ただ、それは別に悲しい感情ではない。そこはかとなくてしみじみと湧いてくる充実した時間なのだ。哀しみの色は濃いけれど、一方で希望に満ちている。そこが素晴らしい。人間讃歌の新しい境地をひらく作家の頂の作品に対面できたのは大きな喜びであった。

( 2009/12/15 )

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