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世のうちそと

 小山敬三美術館へ

小山敬三美術館へ
愛娘蓉子さんの肖像画に感激

 小諸城址「懐古園」の一角に小山敬三美術館はある。建物は文化勲章受章者・村野藤吾氏の設計によるもの。千曲川を眼下に見て、北アルプスを望む、大変眺めの良い地に建っている。土地は傾斜し形はいびつ、それになじんだ形のままに建てられたユニークな建物である。

美術館に入り、奥に進むに従って、床面を下げている。その分自然に天井が高くなる。高い壁には大きな作品を、低いところには小さな作品を飾るように設計されている。メインの展示室の横に張りつくように第2室がある。遊び心満載で仕上げた自信作のようだ。

絵画作品も、たいへん個性的である。カーブの多い絵、力強い筆使いに圧倒される。若い20代から晩年の大作まで揺るぎない芯のようなもので貫かれている。いかなることがあっても動じることなく我が道をゆく骨太の人生が見える。年譜を見ているとその理由の一端が窺えた。旧家の恵まれた家に生まれ早くから芸術の道に進める環境にあった。

美術学校に通うという常道をとらず23歳でパリ留学、滞仏9年、31歳の時帰国した。その時には「すでに芸術家として優に一家を成す人であった」と島崎藤村は昭和7年夏に一文を献じている。画伯の父親と親交のあった藤村が相談に訪れた若い敬三に「戦争が終わったら、渡仏して広く深く古今の芸術を研鑽してくるのが良い」とアドバイスした。それを実行したのである。

それだけではない。現地でフランス人のお嫁さんまでゲットしている。何事にも臆することなどない星の下に生まれついた人なのだ。体格も容貌も日本人離れしている。お子さんにも恵まれ長生きもした。明治、大正、昭和と三代を悠然と生きて90歳の大往生であった。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章を受章している。

人生の後半には生まれ故郷に別荘を構え、いよいよふるさとの山河を描き続けた。死後、遺族の希望で茅ヶ崎にあったアトリエが移築された。アールヌーボー風の瀟洒な建物である。この小諸に来れば画家の全貌が理解できる。

画伯は自分の芸術の理想を「気韻生動」という言葉で表現した。知情意の調和の上に、作者の新鮮な感激が盛られて、血が通い、魂がこもって見る人の心を揺り動かすというほどの意である。今回筆者の関心を惹いたのは「ブルース・ド・ブルガリ」と題された作品。

若い女性が肘掛椅子に座り右手で頬づえをし、何か思案顔に前を見つめている。目元涼やかで、唇は閉じられている。ブルガリア製のブラウスを着こなして肌さえ透けて見える技量を示した渾身の肖像画である。画伯の娘・蓉子さんである。蔵品図録にはほかに「YO子像」「黒猫と娘」という作品が掲載されている。この三点は戦後すぐに描かれたものである。

美術界では、岸田劉生の麗子像が話題になっている。が、ああしたバリエーションの肖像画は娘にとってはうれしくはないかも知れないと思う。小山敬三画伯が娘さんを描いた3態は髪は違い、服装は違い、季節も違っている。なのにポーズも表現も同じだ。この角度から見た娘しか考えられなかったのだろうか。いちばん美しい時代の娘の姿がこうして永遠に刻される幸せは画家の娘なればこそであろう。

小諸城址「懐古園」には藤村記念館もいまも人気が高い。島崎藤村、小山敬三という2人の芸術家を輩出した小諸はとてもすてきな町に思えたのである。

( 2009/06/01 )

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