カザールコレクションの根付
大阪市立美術館 カザールコレクションの根付に酔う 美と粋と遊びの小世界
大阪市立美術館にはカザールコレクションが保管されている。U・A・カザール氏は1888年、スイス人の両親のもとにフィレンツェに生まれた。明治45年(1912)に神戸にやってきた。この地に50年住み、昭和39年(1964)神戸で亡くなった。彼は商社マンとしての事業の傍ら、日本美術に魅せられ、江戸から明治にかけての漆工芸品を中心に収集、また民謡や伝説の研究者としての顔もある。漆器や印籠、杯に関係した入門書や研究論文もある。
彼が収集した3407件のコレクションが、この美術館に保管され公開されている。印籠や根付けは日本では収集されることが少なかった。ヨーロッパ人が歓迎した日本趣味は、浮世絵版画が有名だ。が、カザールコレクションには印籠や根付など、日本に残る数少ないヨーロッパ人の目で見た収集として貴重なコレクションとなっている。カザール氏は、収集品を本国に持ち帰るつもりでいた。だが太平洋戦争の勃発で、その機会は絶たれた。
彼が根付や印籠など小さなものを好んだのはなぜか。単純な異国趣味だけとも思われない。おそらく日本にあったあらゆるモチーフと職人技が彼の好むところであったのだ。超絶技巧とでも言おうか、細部の細部まで手を抜かないモノづくりに魅せられた。あまりに人気が高いために品薄になり、明治時代には盛んに生産され、日本の主要な貿易品ともなったほど。
「印籠」「根付け」という語は室町時代以前から見えるが、シンプルで実用的なものであった。江戸時代の中期を過ぎると賞玩の対象とする傾向が強くなり、意表をつく斬新なデザイン、実用的ではない精巧な細工の器物が製作されるようになった。日本文化をギ縮した印籠、根付は日本よりもむしろ欧米において盛んである。
印籠はテレビドラマの水戸黄門でおなじみの品だ。通常は3〜5段重ねの小さな容器で、薬などを入れて携帯した。紐通し穴があけられ、緒締で開閉を調整し、紐の端に根付けで腰帯から下げるための滑り止めとして用いられた。印籠根付は加飾され、実用性をはなれ、賞玩の対象として装飾性が重視され制作されて行く。いまでいう、携帯電話の待ち受け画面などをぎらぎらと飾り立てているような気持ちと相通じている。
多彩な技法、携帯、主題などは当時の人々のウィットに富んだ発想や、和漢の故事などに対する教養、風俗などをわれわれに語りかけている。根付けの形式や技法はことに多彩である。鏡蓋根付は丸い象牙に、なかに小さな鏡状の金属の蓋がつく。饅頭型の言葉どおりの饅頭根付。透かし彫りを施した根付でその作者にちなんだ柳左根付。面の形をした面根付。薄く長い作りで帯に直接さして用いた差し根付。丸彫りして主題を表わした型彫り根付、箱状二つくった箱根付などほかにもある。
傘を差しながら走る男、ずるそうな顔をしたキツネの法師、愛嬌ある鯉に乗る仙人、海女、蒙古人、だるま、奴、聖、布袋といった作品が象牙彫刻、木彫、金工、蒔絵螺鈿などミクロの世界に職人の技が冴える。往時の人たちの美と粋と遊びの感覚が作り出したものだ。豊かな世界があったことがわかる。
( 2008/07/18 )
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