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世のうちそと

 ウルビーノのビーナス 

 ウルビーノのビーナス 国立上野西洋美術館に美神来日

 駅のホームから大広告が見える。「春。女神と出会った。」のコピー。その女神は実物の数倍の大きさで裸身をさらす。通勤客らには刺激的な朝夕の景色である。

ウフッツイ美術館の「ウルビーノのビーナス」が綺麗になった上野の国立西洋美術館にやってきた。ツィツィアーノの作品。テレビの紹介もあり、以下のような夢想に浸った。

天才画家への肖像画の注文はヨーロッパ中の王侯貴族からあった。彼は画家の中の王と称賛されたほどだった。モデル女の妖艶で吸い付くような肌など実になまめかしい。塗り重ねていった色でしかないはずなのに、まるで生命が宿ったように見える。

何か言いたげに横たわる女神。「女神」を仮託されながら、何とみだらなポーズであろう。その瞳は何を見つめているのだろうか。誰かを待っているのか。背後に二人の侍女の後ろ姿、一人はカッソーネ(衣装箱)を覗く。結婚記念なのか、ふっくらとした腹部は妊娠の証か、謎めいた瞳は何を語るのか。身分の高い男に共有されている女性なのか。

訴えるべき相手に「早く金を支払え、パトロンをばらすぞ」と脅かしているようにも映る。高級娼婦(コルティジャーナ)からの挑発だ。性を武器として何時まで頑張れるのか。何歳までそんな仕事ができるのか。歳を経たらどうなるのか。不安定な場所にいる。画家も同じような立場にあったのか。
 
男が優位にあった時代だ。女は男を待つしかない。なんとか自分の存在に気付いてもらうためには、飾り立て男性の気を惹く手管がいる。真の狙いは、生活の安定、子孫を授かれればもっと良い。だが、男の考えは少し違う。若く美しい女であっても飽きる。疎遠になるのもはやい。

男は性懲りもなく新しい女を求める。女は離れた心を取り戻すために策を巡らす。画家に自分の裸の姿を描かせ、無沙汰の便りとした。一種の脅迫だ。共謀にのり、画家が作品に着手したとしたら、制作期間はゆうに1年はかかったであろう。だからといって、この絵が効力を発揮したかどうかははわからないが。

ただし、美しくはあっても、どこかカタギの女性でないことは見てとれる。彼女は決して身分の高い生まれではない。ただ生まれながらの器量よしとして神から祝福された。その意味では女神と言えるかも知れない。彼女らが楽して贅沢に生きるには、娼婦になる道があった。ビーナスといっても本当は高級娼婦である。

この時代、裸の絵はご法度だった。ただビーナス神であればよかった。裏社会は、古来から世界のどこにでもあった。今もあるに違いない。合法化されていないだけだ。彼女の様子が淫靡に映るのはそうした裏社会に生きる人間だからか。寵愛が消えるだけで運命も変わる。だから瞳には媚びが出る。この絵の場合、直接発注されたものではない。画家とモデルが共謀してもくろんだ結果だ。理由は金だろう。

タイトルは、なかったはずだ。なぜならただ一人の男性のために描かれたものだからだ。これを見た男は困惑したに相違ない。女にはすでに清楚清純さはない。貪欲な瞳は見開かれ、目を閉じて恥じらいを見せることもない。自信に満ち溢れているとも見えるし、もはや破れかぶれの心境下にいるのかも知れない。神秘的でもなければ心が洗われる感情も湧かない絵だ。贈られた男が喜び勇んで再訪するとは思われないのである。

( 2008/04/07 )

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