空想のバルテュス 生涯かけた美の探求者
少女ばかり描いているバルテュスは気になる画家である。彼のことは美術書で断片的に知るのみである。本人に直接会ったこともなければ、作品の本物を見たわけでもない。それなのに、なぜかその作品世界に惹かれる。新しい年の始まりは、空想に想いをはせて見るのも許されるのではないか。
女性のバストの旬は、15歳でほぼ完成するとされる。体全体のバランスから見ても10代後半が最高になる。画家はそんなカラダが完成するまえの少女に惹かれた。
バルタザール・クロソウスキー・ド・ローラ・バルテュスは、1908年、両親とも画家の次男としてパリに生まれた。兄も画家・作家である。26歳の時、パリで初めての個展をひらき、衝撃的なデビューをかざった。
なんとも奇妙な静けさが漂っている絵である。人は動きの途中で凍りついたようである。それもどこか不自然な姿勢なために、見ている側も落ち着かない気分になる。何か異様な妖気めいたものが漂っていて、物語りがある。
絵を描くスタイルも変わっている。対象を直接見ながら描くのではなく、鏡に写し込んだもの見て修正したりした。鏡を前例のないヴィジョンを見るためのコントロール手段として使っている。鏡を使うと自分の絵を左右反対に、いわば新鮮な目でみることができる。
また、写真を写すといったこともする。スキャンダラスな絵とも見えるが、最後のぎりぎりのところで踏みとどまり、芸術の高みまで押し上げている。
「わたしは物の精神、わたしが目にするとおりの現実の美を伝えるための絵画を創造しなければならなかった」と語る。美の探究者だ。
少女を描いた作品が多いことについても、少女は「この上なく完璧な美の象徴」「神聖かつ不可侵の存在」「少女のフォルムは、まだ手つかずで純粋」なのだと考えた。
美少女を愛したが、ロリータ趣味ではなかったと思う。その白日夢的な作風は2001年、92歳のその死を迎えるまで変わらなかった。その一貫した作風で、20世紀最後の巨匠と称されるに至った。
「読書するカディア」[1968〜76]は少女が背もたれ椅子にもたれて読書をしている構図だ。背景となる微妙な色彩の壁、床は淡いピンク色のジュウタンで、室内には他に余分なものは何もない。
少女は本を開いている。が、本に没頭している風には見えない。目線は何か別の思いの中にいる。恋をしているわけでも、何かやりたいことがあるわけでもない。平明な気分、自分でも何か説明のつかない脳の状態の中にいる。
その表情に笑みはない。どことなく、無関心で意地悪に見えてしまう。強いていうならば、たぶらかしを企てている。だから彼女達はみな怖いほどに静かである。大人しい子がやがて口うるさい女になるように、その変貌する前の静かな季節なのだ。
芸術家ではなく、絵かきを夢見たバルテュスは、モロッコでの兵役体験、画業の空白期があったあとで、開花した。
少女を描く時は少女の気持ちになって描いた。少女の残酷さも、何を考えているかわからない表情も、思春期を宝物とし主題を汲み取った。それは他に類を見ない表現になった。モデルは自分なのだ。だから描こうと思えば、いくらでもエロチックに描くことはできた。しかし、そうはしなかった。
造形と形式につては得意である。ただ、現実の美を伝えるための絵画を創造しなければならなかった。生涯かけて美を探求する画家としての矜持がそこにあった。 ( 2008/01/01 )
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