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世のうちそと

 井堂雅夫「木版画展」を見て 佳品「黒谷参道」に酔う

 版画家であり染色作家として知られる井堂雅夫氏の「木版画展」が東京・広尾の加藤ギャラリーで開かれた[9月29日〜10月6日]。そこに足を運んで以下のような感想をもった。

 今回展示されたなかで「黒谷参道」が好みである。小品ながら手前の右を巨木の根が黒々と占める。画面の先は明るい。遠くにある塀は昼過ぎの斜めの日にうかんで、いろは純白に輝いている。背後の緑の木々は明るい空に応え美しい。[希望]と言うことばが浮かんでくる。

 普通なら逆の構図の時間を選んだ方がいい。そうしなかったことに作者の意図を嗅ぎ取る。この構図によってより立体的、より奥行きが出たのである。

 絢爛の美を誇る桜、降り積もった雪の場景、木漏れ日が降り注ぐ紅葉の道、桂離宮の白壁に映る陰、夕焼けに照り映える街、これでもかという美の追及をモチーフにした作品が多い。日本美の探究者である。当然のことだ。

 この絵は隅の方から見ると空想を始めやすい。作家は陽の当たる明るい部分だけを描いてきたわけではない。光り輝く世界だけではなく、同時にそこから生ずる影も同格に扱い描いてきた。人が注意を払わないところにも美を見たのである。

 綺麗なだけの絵を欲しがる人は選ばない絵だ。しかし、明るく美しいだけの人生なんておもしろいと言い切れるだろうか。

 作者の青春時代を重ねてこの絵を見て見る。成功の裏に孤独な闘いの痕跡を感じないか。家庭の事情が許せば、芸大進学も夢見たかも知れない。人生は成功しさえすればそれでいいとは決していえない。

 画伯は2007年、画業35年を迎えた。まだ62歳。終戦の年の1945年、旧満州に生まれた。翌年父母の実家である京都に引き揚げる。間もなく父が岩手に職を得たことで一家4人は盛岡市へ移り住む。

 小学生時代たびたび絵画コンクールに入賞、絵の才能は天性のものだったろう。中学3年の冬、両親が離別、母子は再び京都へ戻った。昼は電気関係の仕事をしながら、定時制高校に通う。20歳で染色職人として独立、25歳で作家としての第一歩を踏み出す。

 1973年、日本版画協会入選。日動版画グランプリ入選。以降、公募展に出品せず、独自の活動を展開してきた。

 やがて木版画の世界に魅入られ版画の世界へ。1994年、版画の仕事が縁結びとなり宮沢賢治生誕の地、岩手県花巻市にもアトリエをもち創作活動に入る。

 作品世界は四季のうつろい、光と影がおりなす風景、それは自然と生命への賛歌を情趣豊かに謳歌するもので貫かれている。だから京都の古都の四季を描くいっぽうで宮沢賢治の世界を描くことは同質の作業なのだ。

 人生に貪欲でいつも挑戦的だ。そこには深い絶望と負けじ魂が同居している。コンプレックスが彼の育ての師なのか。

 水彩、墨、板画とどんなものでも触手をのばす。染色という日本独自の色と彩度、組合せと柄、伝統の意匠や模様を学んだ者には、畏れるものは何もないに違いない。

 初日のオープニングで直接お会いすることができた。なによりも気さくな人柄である。偉ぶったところはない。いい展示会であった。



( 2007/10/15 )

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