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 ふつうのおばさんなのだが

 熱海市在住の脚本家、橋田壽賀子さんが亡くなって話題となっている。95歳と高齢でありながら、まだ執筆に意欲を示していたと言うから立派と言うしかない。もし実現したならこのコロナで混乱状態の世相をどの様に描いていただろうか。橋田壽賀子のビッグネームがあれば高い視聴率も期待出来ただろうと思う。熱海市では特別に栄誉賞を贈呈して彼女の功績を称えたが、これは彫刻家の澤田成廣に次いで2人目のことである。熱海と言えば年間1200万人もの観光客がやって来る。人口は4万人を切っている。周辺地域の三島や沼津といった中都市よりもその名は知れわたっている。何しろ文化交流の聖地といってもいい。少しでも縁をもった店はその名をちゃっかり活用宣伝している。志賀直哉、谷崎潤一郎、三島由紀夫、永井荷風川端康成、芥川龍之介、林芙美子、吉川英治、島崎藤村ときりがない。なかでも尾崎紅葉は未完の作品というのに「金色夜叉」の熱海の海岸の場面だけで明治以来不動の位置を占めている。
橋田さんは熱海を執筆の拠点にした。東京駅から熱海までは新幹線ひかりなら30分、こだまで1時間足らずで着く。ビールを一缶飲む間もなく着くと書いていた。気伸ばしにちょうど良い。通勤圏と言っても差し支えない。筆者の場合は、3つの「お」を唱えている。
まず、湯量豊富な温泉地であること。次に温暖な気候風土である。梅園の梅も熱海桜も新年早々から花を咲かせる。3つめは、「おいしい」。美味しいものがいっぱい。水、魚、お茶、くだものが賞味できる。丹那トンネルの名を冠した牛乳は濃くコクもあって一度飲みつけたら浮気はできない。
橋田壽賀子さんもおっつけ文化人の列に加わるかも知れない。熱海にはかつてヤオハンという会社があった。「おしん」のモデルに使われた熱海発祥のデパートである。残念なことに香港中国まで商売を広げたことが徒となったためか倒産の憂き目に遭っている。もちろんこれは橋田壽賀子さんの罪ではない。
彼女のテレビドラマもほとんど見たことはない。ただ同じ熱海に居を構えているので街中で時おり見かけた。スーパーやパン屋、喫茶だが、拝見するところ普通のおばさんである。ご自分が書いたドラマにそのまま出てきそうなようすだ。市井の背景に溶け込んでいる。ドラマは会議室や学校や病院で生まれるだけではない。家庭の中にあることを教えてくれた作家だった。本人は望まないだろうが、観光都市としては銅像が立ち、記念館が出来るのではないか。

( 2021/04/15 )

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