同期会無情
台風の来襲も止み、天は高く、空は晴れて、運動するにも、芸術するにも、食欲を満たすにも絶好の季節到来である。クラス会、同期会、同窓会とひらくにもいい季節だ。それが日本の10月である。
会への拘束時間はある1日の数時間で済むと考える人も多いと思うが、それがそうでもない。案内状が夏の終わりに届いて、「3ヶ月後か。少し減量しないとな」と考える。毎日走って5キロ減量を決意する日だ。女性の場合はもっと目標は高いはず。エステに通い、服を新調し、装身具もチェックしたりと忙しい。当日は髪形にも気を使わなくてはならない。手の爪、足先まで気を抜かない気概が試される。そしてめでたく当夜は完全な出で立ちで出席することになる。
そのあたり、男はゆるい考えで生きている。減量どころか3キロ増で同期会の日を迎えてしまう。 古稀70歳ともなれば仕事も第一線から外れ、週1日出の閑職、残り時間は日曜大工や家庭菜園、ソバ打ち修行、ゴルフ練習場、囲碁将棋、美術館巡りなどとボランティアが定番化しているはず。若いときのように日本経済に貢献しているとは言えない日常だ。
同期会もあと何年集まれるものやら、終活にむけて胸底の気持ちも揺らいでいる。学生時代の成績表で宴会の席順も決まってしまうという暗黙の掟があるというが、それも薄まる。古稀を越せば卒業後社会的に成功しようが、あまり関係ない。故郷を同じにするものは、望郷の思いに隔てがあろうはずがないからだ。
健康であるからこそ会に出られる。出席できた者は、出てこないものの消息を訊ねるに熱心で、病気で出られないものの話になる。かつて胸を焦がした人であればことさら心配するものだ。噂される当人たちとて事情をかかえているはずなものを。
70歳を有終の美とするという今年は70人が集まった。卒業時の4分の1である。出てこないからといって咎めることはできまい。まことに歳月は容赦ない。それは顔に表れ、身体に刻み込まれ、話せば言葉にも人となりがでるものだ。
1通の案内状を終日握りしめて、車椅子、認知症にも係わらず出席を強行した人もいた。自分が皆から忘れられていないことにこだわったのである。ただ周囲の同級生は冷ややかであった。人生の分岐点を彼女は見誤ったのではないか。人生の秋もまた別れの季節なのである。きれいなまま紅葉し散っているのも自然である。 ( 2016/10/15 )
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