初イベント

私の自宅庭には、りんごの木がある。平成五年に亡くなった父が生前、種苗店で購入した当時高さ三十センチ程の苗が、今や三メートルを越える大木となり、毎年八百個以上の実をつける。単にりんごの実がなる、ということだけが楽しみではない。五月から六月にかけて白い花を満開に咲かせてくれるのも、私達家族にとり潤いを与えてくれる。りんごの花が咲き始める時、私達にとり「春」がやって来る思いなのである。また、住宅街の一角、一般家庭の庭にりんごの花が咲く時期に、地域住民、特に年配の方々が私の自宅庭近くを通る際、「なつかしい」との声を毎年聞くことが、私にとり支えでもある。この「なつかしい」との言葉には、かつて身近かな所にりんごの木があり、市民の目を楽しませてくれた、そしてそれにより「安らぎの時間があった」との気持が、現れているように思える。
都市化の「波」は郊外へも着実に拡大していることを再認識する昨今の環境で私達国民は花を見て、その美しさを楽しむような内面的豊かさを実感し、共有する機会は乏しくなってはいまいか。希薄化した人間関係や青少年犯罪の凶悪化などの諸課題を考慮する時、現代社会において私達のおかれた環境、とりわけ住環境に人間の内なる部分を浄化する能力が失われていることも背景にはあると思う。が無くても心の豊かさを抱いていた古き良き時代には、植物の美しさを味わう時間が家族で有され、内面的豊かさをお互い共有できたはずである。そのようなゆとりを感じる「自然」そのものが身近かにない現代社会を危惧するのである。
自宅のりんごの木は今年も白い花を満開に咲かせてくれた。この白い花が地域社会において、住民にとり忘れかけていた内面的豊かさを供与するきっかけになっていることは、亡き父が一番喜んでいるに違いない。これからも地域の人々から「なつかしい」と言われるよう、楽しみながらりんごを育てていきたいものである。


第11回(2004年)のみどり提言賞は、「この街のここが好き」「私の花のある生活」「こんなエコ製品がほしい」をテーマに、募集期間中372編のご応募がありました。